舞台は90年代初頭頃。とある田舎町・松ヶ根で警察官をしている光太郎は、事件という事件のない退屈なこの町にウンザリしていた。実家は畜産業を営んでいるのだが、ぐうたらな父親・豊道は近くの床屋に居候中。そんな所へ流れ者のカップル、みゆきと祐二が松ヶ根にやってきた。何か訳ありっぽいこの二人の出現をきっかけに、ひき逃げ、金塊騒動、ゆすり、床屋の娘の妊娠と、平穏な町の平和に波風が立ち始めるのだった。
「リアリズムの宿」「リンダリンダリンダ」の山下敦弘監督作品。「リンダリンダリンダ」発表後、山下監督にはいわゆる青春モノのオファーがいくつもあったそうですが、それを断り続け、満を持して監督した作品が本作「松ヶ根乱射事件」。
どこを見渡しても雪しかないような田舎町、松ヶ根を舞台に、様々な人物たちの行動・心理が鋭く、そしてシュールに描かれている作品。山下監督は今までも”人間臭さ””人間らしさ”に重きを置いた映画製作を行ってきていますが、「松ヶ根乱射事件」でもそれは健在。むしろ、人間描写のレベルが非常に高く”ムダ”がないため、これまでの作品以上に完成度の高さを感じます。特に心の暗い部分の表現はこれまでの作品と比べて格段に良い。この点に関しては「どんてん生活」に近いかもしれません。また、”笑い”の部分と”暗い”部分の融合が絶妙で、映画が途中で途切れることなく、自然に入ってくる感じです。そういう意味でも、これまでの作品以上に完成度が高いと感じました。
プロデューサーを務めた渡辺栄二曰く、「本物の山下節を作りたかった。リンダリンダリンダを観てファンになった人をがっかりさせてやろうと思った。」と発言していましたが、まさに本作で山下節はひとまずの完成系に至ったのではないか思います。”人間臭さ””人間らしさ”をここまで描ききることができる監督は、そう多くは無いでしょうね。
「松ヶ根乱射事件」は俳優陣も魅力的。新井浩文や山中崇、三浦友和などの実力派の俳優陣が山下監督の描く世界観、心理描写を丁寧に表現しており、表面上には表れない深い部分の心理までもが感じられます。また、川越美和、木村祐一の謎カップルぶりも非常におもしろい。山下監督らしい”間”を上手く表現していて、かなり笑わされます。そして忘れてはならないのが「どんてん生活」にも出演した宇田鉄平の存在。山下ファンなら彼の存在にニヤけずにはいられないはず。
前述したとおり、山下節の完成系とも呼べる作品だけに、「リンダリンダリンダ」以降のファンの方は唖然としてしまうかもしれませんが、それ以前のファンの人にはたまらない作品でしょう。興行収入的にはイマイチだったようですが、個人的には大満足でした。
渡辺プロデューサーは「(山下監督は)これからこんな作品を撮ることは世間から許されなく。」と話されていました。山下監督の人気が出ることは嬉しい反面、メジャー向きになってしまうのかと思うと少し寂しい。