トランスアメリカ

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トランスアメリカトランスセクシャルのブリーは、男性としての身体を完全に捨てる手術を目前に控えている。そんなある日、ブリーは驚くような電話を受ける。ブリーがかつて、男性として一度だけ関係した女性との間に、息子がいたのだ。窃盗の罪で拘置所に入っていた息子トビーを保釈するため、ブリーは手術費用を切り崩してニューヨークへ向かう。ブリーは、自分の正体を明かさないまま、トビーを継父の暮らすケンタッキーへ送り届けようとするのだが…。

「トランスアメリカ(アメリカ横断)」と「トランスセクシャル」の2つの”トランス”をテーマに親子の関係を描いた作品。一般的にはこのように捉えられている映画かと思いますが、私はトランスセクシャルに限らず、アメリカにおける”性”を全般的に描いているように感じました。

例えば、トビーが子供の頃継父から性的虐待を受けていたこと、男娼でお金を稼いでいること、偶然店に居合わせた少女と抱き合うこと、ジェンダーパーティの存在、家族の理解、などなど。 あくまでトランスセクシャルが軸ですが、このような諸所の”性”を扱うことで、アメリカの性のあり方を描いているのでしょう。一切モザイクがないところからも、そのような意識が伺えます。

ただ、私がアメリカのそのような現状を知らないためか、もしくは私の身の回りにそのような環境が無いためか、イマイチ現実味がありませんでした。性が本作の軸の一つであるだけに、この点を現実的に捉えきれなかったのは少し残念ですね。

ストーリー展開は秀逸。問題→経過→理解→問題のサイクルが絶妙のタイミングで描かれていて、「性の問題」と「親子の問題」の掛け合わせが上手い。前半は少々退屈ですが、中盤以降は引き込まれます。もちろん、主演のフェリシティ・ハフマンの存在が大きな影響を与えていることも、忘れてはいけません。

「性転換手術を間近に控えたトランスセクシャルの男性」という難しい役柄を務めたのは、”女優”フェリシティ・ハフマン。私は役柄は本物の人物がやるべきだと常々思っています。例えば、役柄が野球選手ならプロとはいわないまでも本物の野球選手がするべきだと。野球選手という役柄なのに、フォームが明らかに素人のソレだったとしたら、一気に興ざめしてしまいますから。

ですが、フェリシティ・ハフマン。彼女は別格でした。「性転換手術を間近に控えたトランスセクシャルの男性」を見事に演じきっているのです。その姿は”女性”ではなく、”男性”でもなく、”限りなく女性に近い男性”。もっと言うなら、これに”親”が加わります。映画女優とはコレだ、というのを見せ付けられました。

う~ん、やはり”アメリカの性”を知らずに観賞したのが悔やまれます。これから「トランスアメリカ」をご覧になる方は、”アメリカの性”をしっかり頭に入れてからご覧になったほうが、何倍もこの映画を理解できると思いますよ。

製作
2005年
アメリカ
監督
ダンカン・タッカー
出演
フェリシティ・ハフマン
ケヴィン・ゼガーズ
フィオヌラ・フラナガン
エリザベス・ペーニャ
グレアム・グリーン
バート・ヤング
キャリー・プレストン

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