世界的なオパールの採掘地として知られる、オーストラリアの田舎町ライトニングリッジ。ここでささやかに暮らす11歳のアシュモルには、悩みがある。それは9歳の妹ケリーアンが、見えない友達のポビーとディンガンに夢中なことだ。ところがある日、「二人がいなくなった」とケリーアンが騒ぎだす。心配のあまり、とうとう病気になってしまった妹のため、アシュモルは二人の捜索を開始。街中に“たずね人”のビラを貼って歩くのだが…。
「フルモンティ」のピーター・カッタネオ監督が、世界中でベストセラーを記録し”21世紀の星の王子様”と言われた小説「ポビーとディンガン」を映画化。
映画のキーとなっているのは、”イマジナリーフレンド”。他人には見えない心の中の友達のことですが、主人公アシュモルの妹ケリーアンにはこのイマジナリーフレンド、ポビーとディンガンがいます。予告や紹介文などをみてみると、ポビーとディンガンがいなくなって、彼らを探すということがテーマになっているようですが、実際のところ、そちらのほうは淡白。どちらかというと、”人々の心”がテーマとなっているように思います。
私が最も大きなテーマになっていると思ったのは町の住民の心。町でオパールが採れていない日々が続いているある日、とある採掘場でオパールが採れたとの噂が。それを聞いた住民たちは自分がオパールを見つけるんだと目の色を変えます。そのような中、ポビーとディンガンを探しにいくというケリーアンに付き合った際、ひょんなことから盗掘犯にされてしまった父レックス。初めのうちは親しく接していたのに、これを機に手のひらを返したように態度を変える住民たち。母アニーは仕事をクビにされ、レックスは採掘権を剥奪され、ケリーアンが大事にしていた小屋も燃やされてしまいます。どこか昔気質な田舎町ライトニングリッジの住民たちは、都会からやってきた新参者家族を、はじめから、心のそこからは受け入れ切れていなかったのかもしれません。このような”人間の汚い部分”を描いたことで、ただの子供向けにならず、どこか考えさせられる作品になったのだと思います。
もちろん、上記のような描写ばかりでなく、感動的なシーンもちゃんと用意されています。その後の住民の心の変化など、上手くフォローも入れられていますし。泣けるような感動とは違いますが、心が温まるような素直に感動できます。正直出だしのほうはイタイなぁとも思いましたが、話が進むにつれ、どんどん見入ってしまいました。なぜなら、ケリーアンにはポビーとディンガンが本当に”見えて”いたのだから。
最後に一言、弁護士カッコよすぎ。